自宅で静かに見送ったハチとのお別れ

ハチは私たち夫婦が子どもを授かる前に迎えた柴犬のわんこです。
5歳を過ぎたころに下痢が続き、お医者さんの診断で炎症性腸疾患と言われました。
完治するものではなく、対処療法で対応するしかないそうです。
投薬と食事療法をはじめ8歳ぐらいまでは、元気に過ごしていました。
9歳を迎える少し前から、水下痢が続き、食事量も減り、少しずつ体重が落ちていきました。
それでも、散歩が好きで外に行けば楽しそうに歩いていたので
少し痩せちゃったけど、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせていました。
でも、やっぱり元気ないな、と思ったある日
かかりつけの病院に連れて行くと、先生が「かなり危ない状況です」とお話されました。
病院でできることはなく、自宅へ連れて帰りました。
ハチが旅立ったのはそれから2日後でした。

子どもが生まれる前まで、ハチは私と夫の愛を一身に受けていました。
ですが、子どもが生まれてからは私はどうしても子どもが優先になっていました。
代わりに夫がそれこそ「舐めるように」可愛がっていました。
ハチも夫のことは大好きだったと思います。
一方で、ハチは子どもたちのことを嫌いでもなかったけど
あまり好いているようでもありませんでした。

ハチが旅立った年、我が家の子ども達は2歳と5歳でした。
ママ、ママと一日中騒がしい年ごろです。
だから最期は、子ども達を離して、なるべく静かに過ごせるように
夫婦でハチの事をずっと見ていられるように過ごしました。
夜はリビングに布団を敷いて、私が側で見守っていました。
少しずつ息が長くなっていって、、それをじっと見ていました。
もしかしたら、もうすぐ最期かもしれない、そう思った時に
子どもと添い寝してた夫と交換しました。
本当はふたりで見送りたかったけど
2階で寝ている子ども達が、親がいないことに気づいて
泣き出して騒がしくなり、気づいたらハチがひとり旅立っていた、
そんな事態だけは避けたかった。

静かに、ハチと私、ハチと夫だけの時間を過ごしました。
しばらくして、夫に見送られてハチは旅立ちました。

おむつをしていたので、お風呂場でお尻を洗って
ドライヤーで乾かして、綺麗にして火葬場へ連れて行きました。

火葬場ではこども達も一緒に見送りました。
我が家は転勤族だったので、ハチの遺骨はどこかに預ける気持ちになれず
ずっと私たちと一緒にいます。
犬歯がしっかり残ったので、それだけ別のケースに入れていて
家族旅行に行くときはそのハチを連れています。
ハチのお骨はいつか私が旅立つときに、一緒にお墓にいれてもらう予定です。

ハチが亡くなる前の数年、私は子育てにいっぱいいっぱいで
ハチと向き合う時間が少なかったこと、このことは今もずっと悔いています。
病院に連れて行き、お薬をあげて、ご飯を食べれるように工夫して
お世話は頑張っていましたが、もっともっと「ハチ~💛💛💛」という時間を
過ごしたかったな、とその思いだけは何年たっても消化できません。

最初の年は、思い出すと苦しくなるばかりでしたが
今は「あんなことしてたよね」「こんなことあったよね」と
夫とハチの思い出話をして笑っていて、
「会いたいな~」と思っています。

  • ハチ、そちらでは好きなものをたくさん食べれているかな。
    ツナ缶を開ける時は、いまでもあなたを思い出すよ。
    キッチンに駆け寄ってくるタッタッタッタッタッという、あなたの足音が聞こえるようだよ。
    さつまいものお菓子も、たくさん食べれているかな。
    なでなでして、抱っこしたいよ。
    たくさんの愛をありがとう。

  • 6年