ある夜、愛犬が突然立てなくなり夜間病院へ向かいました。
「今夜は越せないかもしれない」
そう告げられ、十分な手立てがないとのことだったので、自宅でみとる決断をしました。
それでも彼女は、そこから10日間も生きてくれました。
穏やかで、いつも通りの日常を取り戻したかのような時間。
その一方で、「いつ何が起こるかわからない」という不安から、私はほとんど離れずに過ごしていました。
看取りの時間は、
「これでいいのだろうか」
「もっとできることがあるのではないか」
そんな問いが、静かに、でも絶え間なく心に浮かび続けます。
最期は病院で迎えることになり、家族である他のわんちゃんたちに見守られなかったことだけが、今も心残りになっています。
けれど移動火葬で自宅の敷地内での火葬で、その瞬間に他の子たちが一斉に鳴き始めました。
まるで、それぞれの方法で「さよなら」を伝えてくれているようでした。
看取りは、形は違っても、ちゃんと“家族みんなの時間”になるのだと感じました。
もう一つ、今だからこそ言えることがあります。
残された時間が不安でいっぱいになり、笑顔を向ける余裕がなかったこと。
「穏やかに過ごさせてあげたい」と願いながら、心が追いつかない瞬間もありました。
しかし、完璧な看取りはなく、後悔のない別れも、きっとないでしょう。
それでも、そばにいようとしたこと。
命の終わりまで共に過ごそうとしたこと。
その時間は、彼女に私たち家族の愛を十分に伝えることができた、かけがえのない時間でした。
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素晴らしい時間を共にできたことは宝物✨
- 2015年3月

